4.二人でお茶を




 駅前の小さなカフェでお茶を、という名目で彼女を誘ったのはもうこれで何度目のことだろう。その度に乗り気じゃない顔をしては、それじゃあんたのおごりねと小悪魔のような笑顔を見せる。僕はその笑顔を見たくて彼女を誘い続けているのかもしれない。
「結局あんたは、度胸が足りないのよ。優しいだけじゃあ一生いい人どまりってわけ。そんなんじゃ女に利用されて、いらなくなったらハイおしまいに決まってるわ」
早口でそういい終えると、彼女は目の前の小さなカップに入ったコーヒーを啜った。甘いものが大好きな彼女のカップは、ミルクと砂糖のせいで本来のブラックコーヒーの色をなくしていた。
「それではお聞きしますが、度胸とは一体何なのでしょう」
そういって今度は僕が本来の色のブラックコーヒーを啜る。苦味が口の中に広がって、より冷静にさせてくれる気がした。
「あんたそんなのもわからないの?呆れた・・・」
彼女はテーブルに肘を立て、頭を抑えるようなポーズをとってため息をついた。まさにどうしようもないという雰囲気が伝わってくる。
「この前も言ったじゃない。まずは自分を認識してもらうこと。そのためには行動あるのみなのよ」
「その行動とやらは一体どうすればいいんでしょうか」
僕はきっとまんべんの笑みを浮かべていたに違いない。彼女はそんな僕の顔を見てより一層落胆したようだった。
それから彼女は、一般的なアプローチの仕方を分かりやすく説明してくれているようだったのだが、僕の耳には届かなかった。
僕はそんな彼女の顔を見ては、頬が緩むのを堪えて聞いている役を演じなければならなのに精一杯だったからだ。


 彼女、上原南(うえはらみなみ)とは、ただの部活の先輩後輩の関係であり、お互いテニス部に所属していた。
僕が始めて彼女に悩みを打ち明けたのは、僕が1年で彼女が2年の夏休みのことだった。
「先輩、実は相談に乗って欲しいことがあるんですが・・・」
珍しいことに、うちのテニス部は極端に人数が少なく、全学年あわせても10人いるかいないかという数しかいなかった。そのうち女子が上原先輩ともう一人いるだけという、ちょっと寂しい部活なのだ。
その分上下関係が厳しくなく、先輩方もすごく面倒を見てくれた。その中でも特に上原先輩は誰にでも優しい良い先輩だった。
そんな彼女に悩みを切り出したのは、多かれ少なかれ、僕が少し彼女のことが気になっていたからかもしれない。
その当時、僕が気になる人へのアプローチの方法を教えて欲しいと、まるで今彼女が目の前で語っている内容を教えて欲しくて相談したわけだが、実際やってみるとなると思うようにできず、何度も彼女に同じようなことを尋ねるうちに彼女にも愛想をつかされてしまった。
このままではまずいと、彼女にこの小さいながら人気スポットである駅前のカフェで何か奢りますよと言うと、彼女の目の色が変わった。
それからというものの、彼女へ相談するときはいつもこの駅前の小さなカフェになってしまったのである。


「ねえ準(じゅん)、ちょっと聞いてるの?」
ふいに名前を呼ばれて我に返る。彼女は呆れてまたため息をついた。
「先輩、そんなにため息ばっかりついてると幸せが逃げちゃいますよ」
「誰のせいでこうなってると思ってるのよ!」
勢い良く突っ込まれて、僕は少し驚いた。反面嬉しかった。
「だって先輩がいつになく真剣だから、つい見とれちゃって」
僕がそういうなり、彼女はさっと目をそらして「からかうのもいい加減にしなさいよ」と言った。
その耳まで真っ赤にした横顔がすごくかわいくて、僕はまた見とれてしまう。
「先輩って、結構すごい持論語る割にはうぶなんですね。かわいいです」
彼女は再び僕の目を見て「バカ」と言った。
いつからこんなに彼女が愛しくなったのか、自分でもよく分からない。ただ、何度も相談に乗ってもらっているうちに彼女のことが気になるようになってしまったのだ。よくある話だと自分でも呆れてしまう。
初めは、一生懸命僕のために色々とアドバイスしてくれる姿が嬉しくて、呆れられるようになってからも話だけは聞いてくれる彼女が嬉しくて、僕はいつの間にか彼女を好きになってしまったのだろう。彼女は本当に優しい人だ。
もしかすると、ただで甘いものが食べれるから来ているのかもしれないと思ったこともあった。でもそれは違うと断言できる自信が僕にはあった。それは、初めのうちは甘いものばかり頼んでいた彼女が、最近僕の真似をしてかブラックコーヒーを頼むようになったこと。無論、ミルクと砂糖はめいいっぱい入れているみたいだけど。きっと彼女も、何かしら僕の話を聞くことを楽しんでくれているのだと思う。だから僕は幸せでいっぱいだった。
「結局、その子とは進展できそうなの?」
「今のところは、まだどうしようもないかも」
「あんたそれ前にも言ってたわよ・・・。本当に情けないんだから」
クスクスと僕が笑う。それを見て彼女は不思議そうに「どうしたの?」と尋ねる。
「僕の好きな人、結構鈍感みたいなんです。だから僕も精一杯アプローチしてるつもりなのに全然気付いてくれなくて」
この言葉の本当の意味は、きっと彼女は理解していない。だから彼女はまた色変わったコーヒーを啜って眉をしかめている。
「中々手ごわいのね。でもそのほうがやる気もでるわよね!」
急に彼女のテンションが上がって僕は驚いてしまった。彼女がこんなにも熱い人だったとは知らなかった。
それに、僕のことをこんなにも真剣に考えてくれてる。僕の頬はもうすでに緩みきってしまっていたかもしれない。
「何にやにやしてるのよ」
彼女に言われて、はっと顔を引き締める。
「すいません、つい嬉しくて」
そういって彼女はまた頬を赤らめる。どうして僕はこんなに彼女の前だと素直になれるのか不思議で仕方がなかった。
「今度先輩に言われた通りやってみますよ。上手く行かなかったら、また話聞いてくださいね」
お店の壁に掛けられたおしゃれな時計が5時をさしていたので、僕らはそろそろ帰らなければならなかった。彼女は今年受験生。なんでもこれから塾があるそうだ。


 会計を僕が済ませ一緒に店から出ると、まだ明るい空と蒸し暑い空気が僕たちを歓迎してくれている気がした。そして同時に「暑い」と言って笑った。
「まぁせいぜい頑張んなさいよ。私はいつでも応援してあげるから」
「それじゃあ今度このお店じゃなくて、うちの部屋で相談乗ってもらってもいいですか?」
それだけでまた、彼女の反応が見れて嬉しかった。
「ずっと待ってるんだけどな」
ぼそっと呟いた言葉は、彼女には届かなかったみたいだった。彼女は少し前を歩きながら「早くしないと遅刻しちゃう」と僕を焦らす。
「先輩、きっと僕の恋は今年中には叶わないと思います」
「どうして?何かあったの?」
「忙しいんですその人。だからそれまで邪魔しちゃ悪いと思って」
ここまで言って、彼女はまだ気付かないみたいだった。それじゃあ、と言って彼女は僕の大好きな笑顔になる。
「準の想いが届くまで、ずっと話を聞いてあげる。ただしあのカフェで準の奢りつきでね」
そういった彼女を見て僕は、それなら一生届かなくてもいいかなと思ってしまった。本当に、僕の好きな人は鈍感すぎる。
いつかその笑顔を独り占めできるまでずっと待ってるから。


-End-

by Ria. from08/8/02


あとがき

こんな風に相談できる人がいたらなぁという僕の理想です。
きっと南は言われるまで一生気付かないんだと思います。そして準も一生言わない気がします(笑)
久しぶりに書いたので、最後のしめが微妙な感じで終わってしまった感があります。
でもよく考えたら来年は準が受験だから忙しくて、二人がくっつくのは再来年・・・?
いつまでも仲良くいて欲しいですね。


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