6.君去りし後




4畳半の狭い部屋で、僕は天井を見上げながら考えていた。
叩きつける雨の音がむなしく響き、いっそう僕に孤独感を与える。
本当に何もないこの部屋から、君のぬくもりも消えてしまった。
突然電話で別れを告げられた昨日。
「あなたとは、もう会えないの」
本当は僕自身気づいていたことなのかもしれない。
原因はすべて僕にある。そう言い聞かせた今日。
小さな目覚まし時計が少し音を立てて鳴った。
もう今は今日じゃなくなったらしい。
雨はますます強くなる一方で、僕に休ませる隙を与えてくれなかった。
僕は、ふられたんだね。
気づくと僕は泣いてなかった。
何故だろう、涙がでない。
代わりに雨が窓をつたって流れ落ちる。
ただ虚しいだけの時間がすぎるだけだった。
いつしか僕の心は大きく成長していたらしい。
いや、それとも泣く余裕もないほど心が精一杯なのかもしれない。
「どっちにしろ君のおかげだね」
一人笑った。
僕らはそれぞれ少しずつ違うところがあって
君は笑顔が素敵だった。
僕は笑顔が似合わなかった。だから余計にうらやましくて
君の顔が頭をよぎる。
笑ってた。
僕は、泣いてた。
やっと涙がでてきて、不安を感じた。
時計が1時を知らせる。
僕は君を忘れたかったわけじゃない。むしろ忘れたくない。
でも君は僕を忘れようとする。
僕らはもうつながってるところがなかった。
僕はおびえ、逃げ、君から遠ざかった。
でも君は気づいてくれない。もう、忘れてるから。
気づくともう雨はやんでおり、雲の隙間から少しだけ月が見えた。
きれいな満月だった。
しかしその満月もまた、すぐに雲に隠れてしまった。
僕の心もあんな感じだったのかもしれない。


僕は君の事を今でもよく覚えてる。
君は今大切な人がたくさんいて、毎日楽しそうに暮らしてると思う。
最後に言われた言葉も、僕が最後に言った言葉も。
「ドウシテソンナニレイセイデイラレルノ?」
そのとき僕は嘘をついた。
本音じゃない答えをつい言ってしまった。
代わりに君は、最後に笑った。
きっと、いつかの満月のようなまぶしい笑顔だったと思う。
僕は、君とつながっていた。
「ゴメンネ」
僕らのお話は、ここで終わった。


数日後、1本の電話がかかってきた。
「朝美の母親ですが・・・」
そこから僕はよく覚えてない。
ただ、家に来るように言われて、理由はよく思い出せなくて
無我夢中に君の家にかけつけたときには、もう君は笑顔じゃなくなってて。
ただ、めずらしいラベンダーの香りと真っ白な顔をした君が眠ってたことは覚えてる。
そして、そこにはたくさんのお花がそえられていた。
誰が見ても分かると思った。でもそのとき僕は分からなかった。
だからつい変なことを聞いてしまった。
「死んでるんですか・・・?」
母親は、涙を堪えながら頷くのが精一杯のようだった。
「この子は、もともと体がすごく弱い子だったの」
初めて聞いた。
涙を堪えるのをあきらめ、ぼろぼろと涙をこぼしながら母親は僕に説明してくれた。
それは、僕が今まで朝美と一緒にいて全然知らなかったことばかりで
とても深刻なものばかりだった。
彼女は体がすごく弱くて、病気になりやすい体質で、本当は誰よりもおびえてた。
僕は何もしらなかった。何もしてやれなかった。
「1ヶ月ほど前から、体の調子がおかしかったらしいのです・・・。なのに私は・・・」
母親は泣き崩れて、何度も何度も朝美の名前を呼んでいた。
僕も、泣いてた。心の中で何度も朝美の名前を呼んだ。
今の僕には声に出して彼女を呼ぶ資格がなかったから。
悲しいはずなのに、何故だろう、泣きながら僕は笑ってた。
本当に涙が止まらなかった。でも、笑ってた。
まるで彼女が乗り移ったかのような、素敵な笑顔だった。
そのとき外は雨が降っていた。
僕はあの日のことを思い出して、気づいた。
「どうして、僕に連絡してくれたのですか?」
黙って、母親は僕にノートを渡してくれた。
そこには朝美のすべての思いが綴られていた。
僕と付き合い始めたあの日から、僕をフッたあの日。
そして、死ぬ前の日まで。
彼女は、毎日が楽しそうだった。
そこには彼女がまだいるような気がして
僕はまた涙があふれてきた。
「本当は付き合うずっと前から祐平のことが好きだった」
「祐平は今日も笑ってくれた」
「祐平、怒るかな。ふられたら誰でも怒るよね・・・」
そこには、僕は知らない、朝美だけが知る真実のすべてが綴られていた。
僕は、本当に何も知らなかった。
なのに、僕は・・・。
朝美の母親は涙をぬぐって「そのノート受け取ってください」と言った。
僕は、黙って頷いた。
雨の音が虚しく鳴り響くだけだった。


その数日後に朝美の葬式があって
僕はあのノートを持って笑顔で向かった。
明日も、明後日も、その先ずっと
君の笑顔と隣りあわせで暮らす。
忘れちゃいけないことだから。
君がいなくなった、6月の出来事。


-End-

by Ria. from05/9/7


あとがき

ストーリー展開がごちゃごちゃなお話になってしまいました。そしていつもながらにましてハッピーエンドじゃない。
久しぶりに書いたので、リハビリ作としてみていただければなって思います。


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