7.長い夜




「それじゃあおやすみなさい」
相手が電話を切るのを待っていたけれど、結局その場の空気に耐えられなくなって切ったのは僕のほうだった。
虚しい電子音だけが僕の耳元で鳴り続ける。
初めての告白が失敗して、僕はすごい緊張と惨めさで脱力してしまった。
初めて人を本気で好きになれた気がしたのに。もしかしたら成功するかもなんて考えていた少し前の僕が憎たらしくて仕方がない。
今まで体験したことの無い不安が僕をとりまとっていて、僕はもう何も考えられずにいた。
怖い、何故怖い。ふられたあとが怖いだなんて思いもしていなかった。
彼女は僕のクラスメートで、隣の席で、背が小さくて声がかわいい。
今思えば僕はそれだけしか彼女のことを知らなかった。好きな歌手も、好きな食べ物も、好きな人がいるのかどうかも知らない。
しゃべったこともほとんどなくて、朝教室に入って席に座るときにおはようを交わすだけだった。
それだけでも僕は毎日ドキドキして、それだけがすごく楽しみで仕方なかった。
明日学校へ行くのがひどく憂鬱で、合わす顔が無くて休んでしまおうかと思った。
僕が何も知らずに告白してしまったせいで、明日おはようすら言えなくなってしまうのではないかと不安で胸が痛む。
もし告白していなかったら・・・、もはや手遅れの願いが頭をよぎる。
涙が出てこないかわりに、眠気も僕に訪れてはくれなかった。


翌朝起きたら、僕は携帯を握ったままだった。
昨日いつ眠ったのかわからない、ただぼんやり発信履歴を眺めながらずっと彼女のことを考えていた。
考えるだけで結局何の結論も出ずにいつしか眠ってしまったのだ。
今日学校に行けば彼女と顔をあわせなければいけない。だけど彼女に会える。
ふられてもなお、すぐにその気持ちを忘れられないところが僕の短所であり長所なんじゃないかと思う。
言い換えればしつこいだけで、余計に後味悪くなるだけだと知らずに。
とりあず僕は学校に行くことにした。家でいても余計に彼女のことを考えてしまうだけだろうし、何より暇だったから。
家を出るまでいつもの調子で何も変わらない気がしたけど、玄関の扉を出た途端にやっぱり逃げてしまいたい気持ちになった。
それでも無理やり自分に言い聞かせて僕はいつも通りの時間に、いつも通りの電車に乗って学校に向かった。
学校に着くと別に何も変わらなくて、ただ僕が一人で恐れているだけなんだと分かった。
教室に着けば彼女に会える。彼女に会ってしまう。
ひたすらに焦る僕は彼女がいないことを祈って教室のドアを開けた。
いつも通り何一つ変わらない僕のクラス。
朝の黒板は綺麗で、この時間はまだあんまり人が登校していなくて、だけど彼女はいつも通りの席にいた。
一瞬彼女と目が合ってすぐに逸らされてしまう。それで余計に僕は怖くなってしまった。
ゆっくりと、だけどいつも通りを装って彼女の隣の席に座る。いつもならここで「おはよう」って僕は内心ドキドキしながら言うのだけれど
今日は違う意味でドキドキしながら「おはよう」と言った。声が震えないように必死だった。
彼女は僕の目を見ずに「おはよう」と言って、俯いてしまった。僕のせいなのに、なぜか人のせいにしたくてしょうがなかった。
やっぱり彼女も気まずい顔をしていて、僕はそんな彼女を見るのが怖かった。
だから、いつもは少しでも彼女の側にいたいから席に座っているのだけれど、今日はさっさと立ち上がって友達の席へ逃げた。
いつも通り他愛も無い話をしてくる友達の話を聞きながら、僕の心はいつも以上に笑おうと無理をしていた。
この不安に恐れた顔がばれないように。彼女にこれ以上気まずい思いをさせないために。


ただ、やっぱり僕らが気まずいこと以外はいつも通りで何も変わらなくて
数学の授業で先生が重要だと言っていたことがあったけれど、それもあんまり僕には重要に思えなかった。
今一番重要なのは彼女だったから。
お昼休みについ、いつもの癖で遠めに彼女を眺めていたらふと彼女と目が合った。
朝と違って彼女はとても切ない目をしていて、それにすぐには逸らそうとしなかった。
何かを言いたそうなそんな表情で僕の目をまっすぐに見ていた。
だけど僕は、本当は逸らしたくない僕が、不安に負けて目を逸らしてしまう。
その後すぐにまた彼女のほうを見ても、彼女はもう僕のことなど見ていなかった。少しだけ切なそうに笑っていた。
僕は昨日の電話のあとよりもずっとずっと後悔した。
切ない表情をしたのは何故?彼女が気まずい顔をするのは僕のせいだけど
彼女は僕のことを好きではないのだから、切ない顔をするのは僕のほうなのに。
僕がいつも通りに笑おうとするから、彼女が代わりに切ない顔をしたのだろうか。
せめて昨日もう少し僕が上手に告白できていれば、彼女はもう少しましな笑顔をしていたのかもしれない。
ただぎこちなく、あなたが好きですと言ったあと、彼女は少し間を置いてそれから戸惑ったようにこう言った。
「えっと、ごめん・・・なさい。他に好きな人がいるの」
昨日の自信過剰だった僕には何よりのショックで、その後僕は混乱してしまってうまくしゃべれなかった。
ただその場の空気が気まずくて切なくて惨めで悔しくて。負け惜しみに「好きな人、僕の知ってる人?」だなんて聞いてしまうほどだった。
それに彼女は申し訳なさそうに「知らない人」と答えて、余計に気まずくなって。
僕はその時ただ謝ることしかできなかった。もうすぐ日が変わる頃に電話をしてしまったからすごく気を使ってしまった。
彼女は少し優しい口調で申し訳なさそうに「大丈夫、私もごめんなさい」と言った。
僕は何か大切なことを言い忘れて、昨日電話を切ったのだ。
それが今でも何なのか分からずに、ただ不安でしょうがなかった。
結局彼女のことを僕はほとんど知らないままで、知っていることに1つ僕が好きでないということが増えただけだった。
それが事実なのに僕はそれを理解しようとしないままで、このままずっとずっと彼女を好きでいたいと思った。
だけどそれはきっと辛くて苦しくて泣いてしまう。僕はこの恋を諦めようと心に決めた。
きっと違う誰かを好きになれば、僕はまた元気になれる。彼女のことも忘れられる。
そしたらまた昔みたいに友達として「おはよう」って言えるから。そしたら彼女も昔みたいに笑ってくれるだろう。
僕はそうやって、ふられた不安を取り除こうとした。
お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


その日から僕は少しずつ彼女を好きでなくなっていって
だんだん彼女も僕とも気まずい感を出さなくなってきた。そのことが何より安心できて、だけど僕は彼女以外好きになれそうにはなかった。
月がかわって席替えをして、僕らは離ればなれになってしまった。
それがすごく切なくて、また彼女を好きになってしまいたくなる。
それでも僕は無理やりその感情を押さえ込んで、いつも通りを振舞う。
時々メールを送ってみたら、昔よりちょっぴり仲良くなった友達のような感じがして僕はとてもうれしかった。
僕は彼女が好きな人と上手くいったのか気になったけど、何も聞かないでいた。
それは僕にとって何も関係も無いことだと思ったから。
僕が告白する前にこんな風に仲良くなれたらよかったのになんて思いながら、僕は友達としてメールを送る。
好きだった頃とは違って意識することもないから、気楽に彼女とメールを楽しむことができた。
それでも彼女からの返信が少し遅くなったときは、すごく不安になる僕がいて
その時以上に時間が長く感じることはきっとないと思った。
まだ僕は微かに彼女に恋をしていた。
あわよくば、もう1度彼女ともっと仲良くなってから「好きです」と言ってみよう。
そうしたらきっと彼女は心を揺らいでくれるはずだ。そんなことを思う自信過剰な僕が現れて
僕はまた、誰かを精一杯好きになりたくなった。できれば彼女以外の誰かを。
彼女からメールが返ってこなくても不安になることは無い、と自分に言い聞かせる。
だってまだまだ夜は長いのだから。


-End-

by Ria. from06/5/20


あとがき

「僕」が感じたことばっかりで、「彼女」視点で物事があんまり書かれていないので
少し分かりづらいかと思います。このお話は僕自身も最後のしめがあんまり納得いってないのです。
もしかしたら気付いた方もおられるかも知れませんが、このお話は実話をもとにしたフィクションみたいな感じです。
そのくせ、一番自分が知ってほしいことが何なのかあんまりよくわかってなかったりします(笑
何を伝えたいのか、何を表現したいのか。それをはっきりさせることをこれからの目標で頑張りたいと思います。


<<戻る